Weekly Matsuoty 2003/10/07
たった一人のために
 
商品開発、Webサイト構築等において最も 重要なことのひとつが「ターゲティング」 である。

すなわち、どんな人たちを対象にするのか、 ということを明確にすることだ。これは、 通常は「ターゲットセグメント」と言う形 で規定する。例えば、「20代の1人暮らし の独身女性」といった具合だ。しかし、こ うしたターゲットセグメントは、アバウト 過ぎる場合が多く、あまり役に立たないの が現実である。

ターゲットを明確にする目的は、それに よってターゲットのニーズや購買動機、 ライフスタイルなどを深く理解することで、 商品やWebサイトには、どんな機能やデザ インが望ましいかを判断することにある。

ところが、「20代の1人暮らしの独身女性」 と、ひと括りにしてみたところで、実態は、 それぞれの女性は、まるで異なるニーズや 購買動機、ライフスタイルを持っている。 その結果、さまざまなニーズに対応しよう として、「やはり、この機能もなけりゃ」 「これもあった方がいいよね」というよう に、機能過多になり、平均的で際立った特 徴のない、総花的商品やWebサイトができ あがってしまう。つまり、できるだけ多く の人に受け入れられるように図った結果、 だれにも受け入れられないものになる。

こうしたセグメントの対極にある手法とし て最近注目されているのが、「ペルソナ」 という手法である。(*1)これは主にWeb サイト構築に適用されているものであるが、 ターゲットとしたい人を数人、極端には たった1人に絞込み、その1人(数人)のプ ロフィールを極めて精緻に記述する。彼 (ら)が「ペルソナ」と呼ばれる架空の存 在である。しかし、彼(ら)ちゃんとした 名前を持っており、年齢、性別、職業と いった基本的な属性だけでなく、例えば、 「山田歌子さんは、ベビーカーシートの 載った赤のマーチを所有しており、毎朝、 高井戸駅まで夫を車で送っていく」という ように、日常生活の細部まで書き込まれて いる。

そして、Webサイト開発に当たっては、彼 (ら)は、どんなことを考えながらサイト を訪れ、どんなアクションをするのかをリ アルに想像しながら設計を行うのである。 つまり、もはやセグメントではなく、 たった一人(あるいは、せいぜい数人)の ためだけにWebサイトを作り上げる。

ターゲットをたった1人に絞り込むことが、 Webサイトのコンセプトや機能の絞込みに つながり、結果としてキャラの立った、 多くの人に受け入れられるものになる、と いうのがペルソナの基本的な考え方である。

この手法に対して、「ほんとにそんなやり 方で大丈夫?」(効果あるの)という疑問 がわくかもしれない。

しかし、成功事例は多い。例えば、日本生 命では、ペルソナの手法を活用してWebサイ トをリニューアルした結果、見積もり請求 数が、リニューアル前の約4倍に増加すると いう成果を得ているという。(*2)

さて、ペルソナではないが、既に商品開発 で類似のアプローチをしているところもあ る。例えば米国日産では、「FX45」の開発 に当たって、スティーブさんという実在の 人物の意見を全面的に反映させたし、 「MURANO」の開発でも、カレンさんという 方の意見を取り入れている。

また、ソニーでも、商品企画にあたって できるだけターゲットを絞り込み、詳細に 描写することをやってきたという。元ソニー の鵜飼明夫氏は、このように言う。(*3)

「顧客ターゲットを拡げれば、商品コンセ プトは曖昧でぼやけてくる。徹底的に絞り 込むことで商品コンセプトはシャープにな り、ターゲットとした層以外の多くの人々 に受け入れられる結果となるのだ」

考えてみれば、ヒットした商品の開発者に 開発のきっかけを聞くと、開発者自身が欲 しかったから、ということをよく聞く。 これも、つまりは、開発者本人、たった 1人のために商品開発した結果なのだ。

(*1) 「コンピューターはむずかしすぎて使えな い!」(アランNーパー著、翔泳社) 9−11章

(*2) 日経インターネットテクノロジー2003/10 P82-85

(*3) 「ソニー流商品企画」 (鵜飼明夫著、H&I)
 
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