Weekly Matsuoty 2000/01/17
Don't KISS
 
 スーパーでもレストランでもいいが、とにかく安いだけの店を作るのは簡単だ。どこかの空いている倉庫をそのまま使う、壁はコンクリート打ちっ放しにする、店員の数を最低限に抑える、正社員ではなく、パートタイマーを活用する、商品アイテム数を減らして、お徳用サイズだけ売る、さらに、1ダース単位で商品を販売する、3流メーカーの安い商品を仕入れる・・・、要はとことん手を抜けばいいのである。

 しかし、本当に安いだけの店を消費者は求めているのか?答えは現状を見れば明らかである。数年前まで見られた、ただ安いだけの店は、景気低迷が長期化し、消費者の低価格志向が依然として強いにもかかわらずほとんど姿を消した。安いだけで満足するような消費者はほとんど存在しなかったのだ。

 今、消費者の高い人気を集めている小売店やレストランは、安いだけでなくさまざまな魅力をミックスして提供している。例えば、高品質なのに1900〜3900円の価格帯でほとんどの商品が購入できる、カジュアル衣料の「ユニクロ」、食品スーパー並の500平米の売場を埋め尽くす圧倒的な品揃えを提供し、かつすべて100円で購入できる100円ストアを運営する「大創産業」、深夜まで営業し、天井までバラエティのある商品を積み上げる「熱帯雨林型陳列」で集客する、「ドン・キホーテ」、高級感あふれる内装なのに380円からの食事を提供する「ガスト」、その日の朝に採取された新鮮な野菜、選りすぐりの食材でおいしい、でもとことン安いイタリアレストラン「サイゼリヤ」・・・。

 彼らに共通しているのは、消費者が認める価値は、「高品質だけど安い」、いわゆる値ごろ感、お得感が高い、というシンプルなものだが、それを達成するために実に複雑なオペレーションをしている、ということだ。「ユニクロ」の場合、すべて自社ブランドで、自らリスクを取りつつ、動きの速い若者のニーズにマッチする商品を必死で開発している。また、製造段階においても、中国にある工場のうち、優れた技術力のあるところを厳選し、シーズン前にすべて製造してしまうのではなく、一部染色前のままで置いておき、シーズン中の売れ行きに応じてこまめに追加生産を行っている。店舗においても、衣料品ではあまりやっていない単品管理を徹底し、とにかく売れ残りをとことんまでなくそうとしている。

 つまり、製品の品質を高めるためのあらゆる努力と、それを最低の価格で売るためのコスト削減努力を同時並行でやっているのである。

 当然ながら、品質と価格という二律背反的な事項を同時に達成するには、高度な経営力を要する。優れた人材の確保、育成も必要だ。だが、このような複雑・高度な経営を実現しなければもはや競合の厳しい世界では生き残れないのである。簡単な戦略は簡単に真似されてしまう。複雑な戦略は簡単に真似できない。当たり前のことのようだが、競争優位性を確立、維持するためには複雑・高度な戦略を実践しなければならない。

 「KISS」という言葉がある。

「Keep It Simple, Stupid」(簡単にしろ、このうすのろ野郎!)の意味で、戦略はシンプル、単純な方が良い、というニュアンスで使われてきた。しかし、これは大きな認識違いである。消費者に提供する価値、あるいは便益(ベネフィット)はシンプルである(そのように見える)ことは重要である、その意味ではKISSでいい、しかし、それを実現する経営は複雑、高度であるべきなのだ。いいかえれば「あいまい」である(見える)べきなのだ。

 「こんな製品をこんな価格で、品揃えで出せるなんて!、どうやっているのかさっぱりわからない!」と競合他社に言わせることができたら勝ちである。わからないことは真似できないからだ。

「Don't KISS」

 手を抜けば済むような、誰でもできることをやっても意味がない。「Don't Keep It Simple, Stupid!」(手を抜くな、このうすのろ野郎!)だ。
 
close