Weekly Matsuoty 2002/01/22
弱い紐帯の力
 
最近、村上龍氏がJMMでよく話題にする言葉が、「弱い紐帯(ちゅうたい)の力」だ。家族や親戚、あるいはくされ縁的な友人との関係は、「強い紐帯」で結ばれた人間関係である。「弱い紐帯の力」とは、その逆、たまにしか会うことのないような、ゆるやかな人間関係が持つ力のことを言う。

「弱い紐帯の力」とは私も以前、BK1の書評で取り上げたことがあるのだが、社会学の一分野「ネットワーク分析」で研究されているテーマである。

この「ネットワーク分析」の実証研究で明らかにされたことのひとつに、就職や転職にうまくいく可能性は、「強い紐帯」より「弱い紐帯」の力に頼る方が高い、というものである。

実際、最近、ある新聞のコラムで、職を失った友人たちのうち、すぐに職が見つかった人たちに共通するのは、社外に幅広い友人関係を持っていることだったということが書いてあった。友人のつてのおかげで、簡単に次の仕事を見つけることができたのだという。また、最近失業者が増加しつつある米国の人事担当者は、採用に当たって、知人・友人からの人材紹介にますます依存するようになってきたという。なぜなら、失業者から送られてくる山ほどの履歴書に埋もれる状況になっているので、信頼できる知人・友人に紹介してもらう方が楽だし、いい人材が採用できる可能性が高いからだ。

「弱い紐帯の力」がもたらすものは、自分の普段の行動領域を越えた多様・多彩な情報や刺激であり、それこそが新しい行動や就職・転職といった転機に役立つ価値のあるものである。

逆に、同じ社内の人間や家族はいつも行動を共にしているために、思考・行動様式が似通ってしまうし、情報も固定的になる。転職に対してむしろ、「思いとどまるように」といったアドバイスの方が多くなるかもしれない。こういった関係は、安心感を与えてくれる点ではいいのだが、変革期においては逆にマイナスに働くことがある。

したがって、「弱い紐帯の力」を思えば、いつも会う人々と同様に、年に一回しか会えないような交友関係も大切にすべきであることがわかる。

幸い、現代の私たちはEメールという便利なツールを持っている。めんどくさがりの私でも、なんとか弱いつながりを切らさないでいられるのもEメールのおかげだと思う。

もちろん、「弱い紐帯の力」を当てにして打算的な行動をすべきではないだろう。というかたぶんできない。「いろんな人たちに会いたい」、「一期一会の関係を大切にしたい」という根源的な欲求を持てない限り、弱いつながりを持ち続けることはできないだろう。
 
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